
スチームコンベクションオーブン、通称「スチコン」。
この厨房機器は今やホテルの厨房やレストランなど、あらゆる現場で主力となっている。
だが、スチコンで「パンを焼く」と聞くと、少し意外に感じる調理師も多いのではないだろうか。
スチコンは発酵・焼成・温めまでの全工程を一台でこなすポテンシャルを秘めている。
今回は、スチコンでパンを焼く方法から、実際の設定、現場事例、そしてパン提供の付加価値まで、プロの視点で徹底的に解説する。
厨房の常識をくつがえす情報が満載である。
スチコンでパン作り!発酵・焼成・温めのコツを全解説
スチコンの強みは「温度と湿度を制御できる」点にある。
これにより、発酵・焼成・温めといったパン作りの全工程を1台でカバーできる。
スチコンでパンを作る際に特に押さえておきたい3つの工程──発酵・焼成・温め直し──について、具体的な設定や失敗しないコツを詳しく解説していく。
スチコン発酵のメリット|ドライイーストがよく働く環境とは
スチコンで発酵?と思うかもしれないが、これが実に理にかなっている。
パン生地の発酵は、温度と湿度が安定していないと失敗しやすい工程である。
その点、スチコンは設定した数値を一定に保ちやすく、まさに「安定の発酵環境」を提供してくれる。
温度と湿度の理想的なバランスとは?
ドライイーストは30℃前後の温度と70~80%の湿度で最も活発に働く。
これは人の手で管理するにはかなり難しいゾーンであるが、スチコンであればボタンひとつで再現可能である。
スチコン発酵の基本設定例
設定項目 | 数値例 |
---|---|
温度 | 30℃〜35℃ |
湿度 | 75%前後 |
時間 | 約40分(生地により変動) |
安定した膨らみと、失敗しにくい発酵
スチコン発酵の最大の利点は、「日による誤差が出にくい」ことにある。
気温や湿度が変わる厨房でも、スチコンなら毎日同じ設定で同じ発酵状態を再現できる。
これは、手作業で発酵していた頃には考えられなかった利便性である。
また、生地の乾燥を防げるため表面が割れにくく、焼成時の形も安定する。
提供するパンの見た目が格段に良くなり、顧客満足にもつながる。
小さな店舗・ホテル厨房での利点
パン専用の発酵器を置くスペースがない現場でも、スチコンであれば発酵と焼成を一台で切り替えながら行える。
これは、厨房の動線をスムーズにし、省スペース化にも大きく貢献する。
スチコンは発酵工程にも十分すぎる性能を持ち、むしろ再現性と作業効率の面では専用発酵機よりも優れているケースさえあるのだ。
焼成モードの設定例(例:150℃+湿度30%で〇〇分)
スチコンでパンを焼く際の「焼成設定」は、最も重要かつ難しい工程である。
なぜなら、温度・湿度・時間のバランスによって、クラストの硬さや焼き色、中のしっとり感まで変わってしまうからだ。
現場で実際に使われている設定例と、よくある失敗の原因・対策を具体的に紹介する。
基本の焼成設定例|スチコンでロールパンを焼く場合
モード | 設定値 |
---|---|
焼成温度 | 150〜160℃ |
湿度設定 | 20〜30% |
焼成時間 | 約12〜15分 |
モード選択 | コンビ(熱風+少量スチーム) |
※使用するスチコンの機種やパンの大きさによって微調整が必要
この設定で焼くと、表面は軽く艶のあるクラスト、中はふわっと柔らかい仕上がりになる。
特に湿度30%前後をキープすると、クラストが過剰に硬くなるのを防げる。
よくある失敗とその原因・対策
- クラストが硬すぎる・割れる
- 原因:湿度が低すぎる、温度が高すぎる
- 対策:焼成前半でスチーム注入を増やす(例:湿度40%に設定)
または焼成温度を10℃下げ、時間を2〜3分延長
- 焼き色が薄い/色ムラが出る
- 原因:熱風循環が弱い、設定温度が低い
- 対策:焼成後半5分だけ湿度をカットし、熱風だけで焼くことで表面に焼き色をつける
- 中が生焼け・詰まっている
- 原因:焼成時間が短すぎる、生地の厚みが均一でない
- 対策:事前の成形を均一にする/焼成温度を下げて時間を長めにとる(例:145℃で18分)
焼成プロセスを段階で分けるのがコツ
スチコンの焼成では、「前半に湿度を与え、中盤から徐々に乾燥させていく」流れが理想である。
ふくらみを助けつつ、クラストをパリッと仕上げることができる。
例:バターロールの場合
- 【前半5分】150℃・湿度40% → クラストの割れ防止&ふくらみ重視
- 【中盤5分】160℃・湿度30% → 表面に軽く焼き色
- 【後半5分】160℃・湿度0% → クラスト形成・色付き仕上げ
調理師として言わせてもらえば「スチコンでパンは焼けるか?」の答えは設定次第でどうとでもなるである。
決して感覚に頼るのではなく、焼成プロセスをロジカルに設計することが成功のカギだ。
焼きたて感を維持するスチコン温め直し術
パンは焼いた瞬間がいちばん美味しい。
しかし現場では、すべてを「焼きたて」で提供できるとは限らない。
特に朝食ビュッフェや宴会、団体食対応では、「事前に焼いて、提供直前に温める」工程が不可欠となる。
ここで鍵となるのが、スチコンによるしっとり温め直し術である。
パンは「再加熱」が命を分ける
冷めたパンをそのままトースターに入れると、外は固く中はパサつく。
電子レンジではベチャつく。
こうした温め失敗は、パンの品質価値を一気に落とす。
しかしスチコンを使えば、パン内部の水分を逃がさず、ふんわり&しっとりを取り戻すことができる。
スチコンでの温め直し設定例
パンの種類 | 温度 | 湿度 | 時間 | モード |
---|---|---|---|---|
ロールパン | 120℃ | 40% | 約3分 | コンビ(湿熱) |
クロワッサン | 130℃ | 20% | 約4分 | コンビ |
フォカッチャ系 | 140℃ | 30% | 約5分 | コンビ |
※あくまで目安。機種や庫内の予熱状態によって調整が必要
このように、パンの種類や目的に合わせて温度と湿度を微調整することで、まるで焼きたてのような仕上がりが再現できる。
朝食ビュッフェ対策に最適
ホテルの朝食会場では、30分〜1時間ごとにパンを補充することが多い。
そのたびにオーブンで焼き直すのは非効率だが、スチコンがあればパンを常温で保管し、必要な分だけ短時間で温めて提供できる。
また、前日に仕込んだパンを冷蔵・冷凍保存し、朝に温め直して出すというオペレーションも、スチコンなら品質を落とさずに実現可能である。
全部手作りしなくても焼きたて感は出せる
すべてのパンを厨房で一から手作りするのは理想だが、現実には冷凍生地や外部仕入れに頼ることもある。
そこで重要なのが、最終工程の「焼成」または「温め直し」で差をつけることだ。
スチコンを使えば、既製品でもまるで厨房で焼いたような香りと食感を演出できる。
「焼きたてを出す=差別化」になる。
これこそ、厨房の最後の一手としてのスチコン活用法である。
現場が変わる!スチコンで作るパンのレシピと導入事例
スチコンは、ただの加熱機器ではない。調理現場においては、人手不足や時間的制約を乗り越える「戦略的ツール」としての価値を持っている。
実際にスチコンを使ったパンレシピや、ホテル厨房に導入された事例を紹介する。
明日から使える具体的なメニューと、現場での変化を体感してほしい。
スチコンで人気!ホテル朝食で出せる手作りパン3選
ホテル朝食では「焼き立て感」「やさしい味」「個性」のあるパンが重視される。
スチコンを活用すれば、厨房での再現性・作業効率を確保しながらも、お客様の印象に残る“手作りパン”を提供できる。
実際に現場で喜ばれている定番メニュー3選である。
ミニロールパン(基本+アレンジ可能)
- 【材料例】強力粉、ドライイースト、バター、砂糖、塩、牛乳
- 【発酵設定】30℃/湿度75%/40分
- 【焼成設定】160℃・湿度30%・13分(仕上げに湿度0%で2分)
特徴:万人に好かれる味。生地アレンジでバジルやチーズを混ぜることもでき、和洋問わず使える。スチコンの発酵~焼成まで一貫して管理できるのが最大の魅力。
豆乳バターロール(ヘルシー志向)
- 【材料例】豆乳、国産小麦、きび砂糖、バター、塩、ドライイースト
- 【発酵】35℃・湿度70%/45分
- 【焼成】150℃・湿度25%・14分
特徴:ホテルの健康志向の朝食にマッチ。豆乳でしっとり感があり、やさしい味が評価されている。スチコンの細かな温度管理で焦がさずふんわり仕上がる。
フォカッチャ風パン(食事に合う惣菜系)
- 【材料例】強力粉、オリーブオイル、塩、ローズマリー(または黒オリーブ)
- 【発酵】32℃・湿度80%/35分
- 【焼成】180℃・湿度20%・10分(表面パリッと)
特徴:メインディッシュに添えるパンとして人気。生地をホテルパンのサイズで伸ばして焼けば、大量提供にも対応。スチコンなら表面をパリッとさせつつ、中はもっちりと仕上げられる。
ポイントまとめ
パン名 | おすすめ場面 | 特徴 |
---|---|---|
ミニロールパン | 和洋問わず朝食ビュッフェ | 成形が簡単・バリエーション豊富 |
豆乳バターロール | 健康志向の宿泊プラン・女性客向け | 優しい味・焦げにくい |
フォカッチャ風パン | 洋食プレート・惣菜パンとして | 食事に合う・アレンジ幅広 |
調理師としての実感として、スチコンでのパン焼成は「手作り感」と「効率性」の両立を叶える選択肢である。
ホテルのように、多品目を限られた時間と人員で用意しなければならない現場には、まさにぴったりの調理法といえる。
スチコン パン Q&A|よくある質問とプロの答え
スチコンでパンを作ろうとすると、多くの現場で共通するあるあるな疑問が出てくる。
特に初めて使うときは、「本当にオーブンの代わりになるのか?」という不安もあるはず。
実際に寄せられた質問をもとに、調理師としての視点で答えていく。
Q1:「スチコンだけで完結できますか?」
A:はい、スチコンだけでパンの仕込みから焼成、温め直しまで完結できる。
スチコンは温度・湿度の両方を細かく設定できるため、以下の流れがすべて1台で可能である。
- 発酵:ホイロモード(30〜38℃、湿度75〜85%)
- 焼成:コンビモード(湿度20〜30%でクラストを調整)
- 温め直し:再加熱モード(湿度多めでふんわりキープ)
オーブンや発酵器を個別に使っていた時代とは違い、「パンに必要な工程がすべて一元管理できる」のがスチコンの最大の強みだ。
Q2:「オーブンとの違いは?」
A:湿度を操れるかどうかが最大の違い。
オーブン=乾熱、スチコン=乾熱+湿熱。ここが大きく異なる。スチコンは、スチーム(湿度)を加えることで以下の効果が得られる。
- 生地の乾燥を防ぎ、表面が割れにくくなる
- イーストの発酵を助けて、膨らみやすくなる
- 焼成時にクラスト(外皮)が硬くなりにくい
パンの種類にもよるが、オーブンでは表面がすぐに乾燥し、中まで火が入る前に皮だけ焦げることがある。スチコンなら、パンの芯までゆっくり均一に熱が入るので失敗が減る。
Q3:「パンの焼き色がつかないのはなぜ?」
A:湿度の設定が高すぎるか、温度が低い可能性がある。
スチーム量が多いと、クラストの形成が遅れ、焼き色がつきにくくなる。焼き色が欲しいときは、以下の点を調整するとよい。
調整ポイント | 推奨設定 |
---|---|
湿度の下げ方 | 焼成後半で湿度0%にする |
温度設定 | 160〜180℃に上げる |
焼き時間 | 少し長めにして焼き色をつける |
また、スチコンのファン速度が強すぎると、焼きムラにもつながる。ファンを中速〜低速に切り替えてみるのもおすすめだ。
Q4:「発酵時間が安定しない…どうする?」
A:スチコンの発酵モード(ホイロ)を活用して温湿度を一定に保つのがベスト。
気温や湿度に左右される現場では、自然発酵はどうしても不安定になりやすい。
その点、スチコンなら、
- 温度を30〜38℃で固定
- 湿度を70〜85%で調整
- タイマーで時間も一貫管理
というように、環境に左右されずに再現性の高い発酵が可能である。これは特に朝食ビュッフェや団体対応など、仕込み数が多いときに強みを発揮する。
失敗の多くは「設定不足」が原因
スチコンは万能ではあるが、設定の最適化なしには力を発揮できない。
「湿度が多すぎた」「温度が低かった」「ファンが強すぎた」など、ちょっとしたミスが仕上がりに直結する。
逆に言えば、正しい知識と試行錯誤でプロのパン作りが誰でも可能になるということだ。
まとめ:スチコンでパンを制す者は厨房を制す
スチコンを「ただの加熱機器」として使っていては、もったいない。
とくにパン作りにおいて、スチコンは業務の流れそのものを変える力を持っている。
発酵から焼成、さらには提供直前の温め直しまで、一貫して管理できるというのは、従来のオーブンや発酵器では不可能だったことだ。
スチコンは「時短」「安定」「本格」の三拍子
調理現場でスチコンを導入したときに、まず実感するのは時間が浮くということだ。
- 発酵器を見張る必要がない
- 焼成の途中で様子を見に行かなくてよい
- 朝の仕込みが1時間短縮できる
それに加えて、設定さえきちんと行えば、毎回同じ品質で焼き上がる安定感がある。
ホテルのように失敗が許されない場面でも安心して使えるのがスチコンの魅力だ。
そして、最後に来るのが「本格的な味わい」。
クラストの香ばしさ、中のふんわり感、焼きたての温度感――すべてがプロの仕上がりになる。
差別化された焼き立てパンで厨房の価値を引き上げよう
お客様の満足度は、料理の熱と香りに比例する。
だからこそ、朝食ビュッフェに並ぶ焼き立てパンのインパクトは大きい。
- 香ばしいバターロールの香り
- 湯気が立ち上がるフォカッチャの断面
- トングで取るときの「パリッ」という音
それらはすべて、
「このホテルは違う」
「この朝食は特別だ」
と感じさせる記憶に残る演出となる。
スチコンを使いこなせば、時間や人手に制限があっても、差別化されたパン提供が可能になる。
そしてその焼き立て体験こそが、料理の価値を上げ厨房の評価を押し上げるのだ。
最後に
パンをスチコンで焼くという選択は、単に効率化の話ではない。
それは「限られた条件の中で、最大限のクオリティを出す」という、プロフェッショナルな戦略である。
厨房の未来を見据えるなら、スチコンを焼きの革命機として使い倒すべき時代が来ている。
スチコンでパンを制す者は、厨房を制す。
これは現場で積み上げた事実であり、次世代の調理スタンダードである。